vanilla cafe

【哲学カフェ】#12「サンタクロースという存在について」振り返り

 

CSS入門

はじめてのCSS

【哲学カフェ】#08「大人って何?」振り返り

 

 

2018/06/22
個人カフェ「大人ってなに?」振り返り

開催の主旨
例えば、同期との飲み会で「大人やなあ…」という感心とも皮肉とも取れる反応を見せられたり、
バイト先の店長から「もっと大人になれ!」と血眼で叱咤されたり。

社会生活の中で、何かにつけて他人から「大人らしさ」を言及されることが多いと思うのですが、
その際に持ち出される「大人」というのは、実はかなり曖昧模糊としたものなのではないのか?という疑問のもと、

私たちの内にある「大人像」とは具体的にどのようなものなのか?
また、私たちは、ある人を「大人」だと認める場合に、どのようなチェック項目に従い、その判断を下しているのか?
という問いを立て、参加者それぞれのイメージする「大人らしさ」を比較しあいました。


大まかな対話の流れ
複数の基準からそれぞれ大人を規定できるのではないかという話になりまして、
即興で幾つかの分類を試みました。

法的に大人…成人年齢に達していれば、大人
身体的に大人…生殖能力が発達すれば(精通又は初潮を迎え、生殖活動を行える状態になったら)、大人
経済的に大人…経済的に自立できていれば、大人
精神的に大人…精神的に成熟していれば、大人

そして、その上で精神的に成熟するとは具体的にどのような状態なのかというのが対話の中心に据えられました。

また、参加者のなかで「はやく大人になりたい派」と「大人になんかなりたくない派」に立場がはっきりと別れたことが印象的でした。
それぞれ の大人に対するイメージを比較していくことで後半の対話は進んでいきましたが、イメージが何に由来するのか、イメージを支える原体験を共有することで
個人の社会に対する関わり方や人生に対する身の置き方が明らかになり、とても充実した会になりました。

【哲学カフェ】#07「合唱曲『推しが尊い』を読み解こう」振り返り

f:id:vanillacafe:20180705165607p:plain

 

2018/06/14

7回バニラカフェ

 合唱曲「推しが尊い」を読み解こう

 

開催の主旨

 いまや世間一般に広く浸透した「推し」という言葉は、ざっくりと「my favorite」という意味で使われていますが、その発祥であり総本山であるオタク文化においては、推しに対してさらに深みとコクを持った感情が伴っているようです。

 以前ツイッターで話題となった、合唱曲「推しが尊い」(どうやら音楽家 でオタクのユーザーが自主的に作曲し投稿したものらしい)では、オタクの「推し」に対する想い、更にはその生活観が唄われています。

 「推し」とは一体なんなのかを理解するために、「推しが尊い」の歌詞について話し合おうという会でした。

 

大まかな対話内容

 ドルオタの方が一人参加してくださり、その人がシーンにおける推しの感覚を最も有しているだろうということで、参加者で歌詞の気になった部分を指摘しあい、それをその方から解説して頂き、更に参加者たちで考察を深めるといった対話になりました。それぞれの推しに対する気持ちと具体的な実践の差異を確認するところに今回の面白みがありました。

 

ハイライト

 推しとは、自分が支持、愛好、崇拝する対象を指す言葉ですが、その推しを讃える文句として、スラング的に「尊い」「マジ無理」「しんどい」「最高かよ」のような言葉が用いられます。

それって具体的にどんな感情なんだいという話題になりました。推しへの溢れる想いを上手く言い当てることができないことを、「語彙が貧弱すぎてしんどい」と当事者たちは自虐的にツッコんだりもしていますが、きっととても感覚的なものなのであって、恋人への日頃の感謝や一緒にいたいという想いは言葉に出来ても、なぜ好きなのかどこが好きなのかは上手く言葉にできない、好きだから好き、そんな感じなのではないかという意見が一つ挙げられました。

また、歌詞からも読み取れるように、理不尽な毎日でも来週には推しに会えるから頑張れる、疲れた夜に推しの声を聞いて明日のエネルギーを充填する等、推しに求めるものが「癒し」や「元気」なのであれば、推しに対する想いとは温泉に浸かった時に思わず唸り声が漏れてしまうようなそんな心情なのではないかとも。